この記事でわかること
- 就業規則で賞与支給時の在籍要件を定めた場合、退職者へ支払いが不要となる場合がある
- 賞与を減額する場合、根拠となる合理的な理由を説明できるようにしておく必要がある
- 出勤しなかった産休・育休取得期間に相当する部分の賞与を減額することは、適法である
従業員にとって、賞与は楽しみの一つです。
法律上、医院には賞与を支払う義務はありません。
そのため、医院が就業規則に定めたルールに従い、支給の有無や金額が決まります。
もし、賞与の額が従業員の成績に基づいて決定されるのであれば、どの期間の成績が考慮されるのかを定めておかなければなりません。
これを、算定期間といいます。
賞与が年2回支給される場合、おそらくそれぞれの支給日より前に半年間の算定期間が設定されているはずです。就業規則がよく整備されている医院では、賞与の名称や支給日と共に算定期間も記載されていることでしょう。
ですが、賞与の算定期間に在籍していたものの、支給日以前の退職や産休・育休の取得により、支給額の判断に迷うことがあります。
こういったケースで医院に賞与を支払う義務があるのか、またその根拠を解説していきます。
医院が賞与を支払わなくてもよい場合
まず、医院が賞与を支払わないでよいとされるのはどのような場合でしょうか。
それは、就業規則において、賞与支給時に在籍することを要件として定めた場合です。
前述の通り、法律上、医院には賞与を支払う義務はなく、医院が就業規則に定めたルールに従って、賞与額や支給の有無が取り決められます。
賞与の算定期間の全部あるいは一部に勤務していたとしても、賞与支給時の在籍を要件にすることで、賞与の支給日に在籍していなかった従業員に対しては、賞与が支給されないことになります。
賞与支給時の在籍要件が無効になる場合
従業員の立場になると、賞与算定期間中に提供した、労働に対する対価が受け取れないような取り扱いには、不満を感じることもあるかもしれません。
例として給与と比較すると、退職した従業員に最後の給与を支払わなければ大問題となり、それまで働いた期間の対価である給与は当然受け取れます。
では、賞与の場合も、算定期間に応じた部分を受け取れるのではないでしょうか。
この点については、裁判例が一定の方向性を示しています。
退職日を自ら選択できる自己都合退職者や、従業員側に解雇原因がある退職の場合、賞与を支払わないことが合理的な取扱いと認められるケースが多くあります。
そのため、在籍要件を定めることは、一般に有効であるとされています。
例外として、整理解雇などの会社都合退職については、従業員が自分で退職日を決めることができないため、在籍要件を適用することが合理的ではないとされたケースがあります。
別のケースとして、年俸制で給与が支払われ、そこに賞与が組み込まれている場合があります。このような賞与は、成果や業績を評価する賃金支払い方法と解されるため、支給日に在籍しない場合でも、その成果や業績に応じた賞与の支給が求められた判例があります。
賞与は、支給するのであれば就業規則に記載しなければならない事項(相対的必要記載事項)となります。そのため、在籍要件も就業規則に定めておく必要があります。
例外的に、在籍要件が記載されていないものの労使慣行になっていたという理由で有効とされた判例もありますが、トラブルを避けるために、あらかじめ就業規則に明確なルールを定めておくことが原則とされます。
賞与の減額が認められる場合
退職した従業員へ支払う賞与の減額が認められるのは、どのような場合でしょうか。
冒頭に書いた通り、賞与は法律で支給が義務づけられているものではないため、就業規則の定めが重要となります。
したがって、医院の業績、本人の成績や出勤状況等に基づいて不支給としたり減額したりするルールを定めることができます。
賞与の計算方法(基本給の〇か月分、等)が、就業規則で定められている場合、その通りに支給しなければなりません。
注意すべき点として、賞与を減額する場合、根拠となる就業規則の条文を示して合理的な理由を説明できるようにしておく必要があります。
もしそれができなければ、上司の個人的な感情を理由に不当査定を受けて賞与を減額したとみなされ、損害賠償を請求されるケースもあります。
例えば、医院の業績により賞与が減額されたとするなら、退職した従業員だけでなく、他の従業員も減額されていなければ整合性がありません。
明確な賞与査定基準がなければ、他の従業員と比較した場合にはっきりと説明できず、裁判で訴えられる可能性さえあるのです。
賞与査定基準が取り上げられた裁判例
ここで、ある裁判例をご紹介します。
ベネッセコーポレーション事件と呼ばれるものです。このケースでは、就業規則に賞与のルールを定めていました。冬季賞与は原則として基本給の4か月分とし、退職予定者は4万円に在職月数を乗じた額とする、というルールです。
ある退職予定者にこのルールを適用した結果、賞与は160万円超から28万円へと、8割以上減額されることになりました。これを不服として裁判が行われました。
判決では、「将来に対する期待の程度の差に応じて、退職予定者と非退職予定者の賞与額に差を設けること自体は、不合理ではなく、これが禁止されていると解するべき理由はない」として、賞与の減額を一部認めました。ただし、減額される割合としては、「在社期間の短い中途入社者は将来に対する期待部分の割合が比較的多い類型の従業員であると思われること等の諸事情を勘案し……同一の条件の非年内退職者の賞与額の二割とするのが相当である」と判断されました。
つまり、将来への期待を込めた部分は20%程度であり、残りの80%程度は算定期間の勤務成績に対する評価を表しているということです。
これを参考に、賞与査定基準を見直してみてください。
産休・育休取得者の賞与
退職者ではありませんが、賞与の算定期間中に産休・育休を取得した従業員の賞与についても考えましょう。
産休・育休のような休業期間があったとしても、出勤していた期間がある限り、賞与を不支給としてはなりません。
その従業員はまだ在籍しているのですから、1日でも出勤したのであれば、その分の賞与を日割で支給する必要があります。
言い換えれば、出勤していなかった産休・育休取得期間に相当する部分の賞与を減額することは、適法であると言えます。
育児・介護休業法第10条は、「事業主は、労働者が育児休業の申出をし、又は育児休業をしたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない」と定めています。育児 ・ 介護休業法第 16 条、第 16 条の 4、第 16 条の 7、第 16 条の 10、第 18 条の2、第 20 条の 2、第 23 条の2や男女雇用機会均等法第9条第3項にも、同様の定めがあります。
医院は、婚姻、妊娠、出産等を理由として、並びに育児休業、介護休業、子の看護休暇、介護休暇、所定外労働の制限、所定労働時間の短縮措置、時間外労働の制限、深夜業の制限について、その申し出・取得などを理由として、従業員に対し解雇や不利益な取扱いをしてはいけません。
この不利益な取扱いには、賞与において不利益な算定を行うことが含まれます。
実際に休業した日数を超えて減額したり、休業の申出をしただけでまだ取得していないのに減額したりすることは、不利益な算定に該当します。
詳細は厚生労働省 不利益取扱いの禁止をご覧ください。
これに似たケースとして、有給休暇を取得した従業員に対し、有給休暇取得日数に相当する給与分を賞与から控除するという取扱いをしていた会社があります。
これは、不利益な取扱いとみなされる恐れが非常に高いと言えるでしょう。
まとめ
賞与は、就業規則に従って支給されます。
算定期間だけでなく、支給日に在籍していることも賞与の要件としているでしょうか。減額する割合は、合理的な範囲のものでしょうか。
この機会に、賞与のルールを見直すようお勧めいたします。
参考:
厚生労働省 「公正な採用選考のために」
https://jsite.mhlw.go.jp/niigata-hellowork/content/contents/000644439.pdf