この記事でわかること
- 着替えが労働時間に含まれるかは医院の指揮命令下に置かれているかが判断のポイントとなる
- 医院の指示で業務を行うために必要な準備行為や業務後の後始末を行った場合、労働時間に含まれる
- 自宅でも着替え可能とされている場合は指揮命令下にあるといえず、原則労働時間にあたらない
医院では「医療」という職種の特性上、医院指定の制服に着替えることが業務開始の前提となるのが一般的です。そこで、医院指定の制服に着替える時間は労働時間に含まれるのかという論点が存在します。今回は、着替え時間は労働時間に含まれるのかという点にフォーカスして解説していきます。
労働基準法と着替え時間の定義
労働基準法の条文の中に「着替え時間」という条文はありません。
今回は着替え時間が労働時間に含まれるのかという論点ですが、結論としては実態によって判断することとなります。
まず、労働時間とは労働基準法第32条には、「労働者に対して、休憩時間を除き1週間について40時間を超えて労働させてはならない。また、1日については休憩時間を除き8時間を超えて労働させてはならない。」と規定されています。
すなわち、労働基準法では時間の長さについてのみ言及されており、「何が労働時間か」という部分にまでは踏み込まれていません。
そこで、過去の労働判例に着目すると、労働時間とは「指揮命令下に置かれた時間」として解釈されています。
着替え時間は通常の業務と異なり、明らかに精神的にも身体的にも負荷は小さく、更衣室に居合わせた同僚との談笑に並行して行われていることも多いのが実情です。
着替え時間が「指揮命令下に置かれた時間」として労働時間に含まれるかどうかの判断は、医院からの命令があったかという点が大きなポイントとなります。
着替え時間が労働時間に含まれるケース
医院の指示により業務を行うために必要な準備行為や業務終了後の 後始末を医院内で行った場合は、労働時間に含まれます。
この「準備行為」には言うまでもなく、着替えが含まれます。
患者対応時に、私服で対応することは医療従事者としての適格性に疑問符がつくでしょう。
また、現在は、社会的にも新型コロナウイルス感染拡大防止対策と並行して通常業務を行わざるを得ません。例えばコロナ禍前から着用していた制服の着用にプラスしてフェイスガード等の装着が義務付けられている場合も少なくありません。
考え方として、安全上・衛生上の理由から着用を義務付けられている制服や新型コロナウイルス等から身を守るために医院が指定する保護具の着脱をする場合は、指揮命令下にあるとされ、労働時間にあたります。
また、事務員には特段の指示がなく、患者様と密接する職種(例えば看護師)に対して個別に指示を出すことや、就業規則上、 医院の指示に従う旨の規定が定められている場合は、着替え時間は労働時間として解釈されます。
また、従わない場合に事実上の不利益取扱いを受ける場合や、指定の更衣室での着脱を義務付けている場合、業務を行うためには制服の着用が付帯して必要とされる場合も、当然、着替え時間は労働時間として扱われます。
着替え時間が労働時間に含まれないケース
着替えの場所が指定されておらず、むしろ自宅でも可能とされているような場合は指揮命令下にあるとは言えず、原則として労働時間にあたりません。反対に、制服を着用して通勤することが著しく困難な場合は、事実上、更衣場所を拘束しているとみなされる可能性があります。
着替え時間に関する諸問題とは
着替え時間自体は10分も要しないでしょうが、出勤するたびに発生するものであり、積み重なると相当な時間となります。そして、労働時間となれば、賃金の支払いと紐づくことになるため、制服に着替える時間が労働時間にあたるのか否かは従業員数が増えれば増えるほど大きな問題となります。
着替え時間についても、従業員によってある程度の差があるため、仮に着替えが労働時間にあたるとした場合に、着替えが遅い人の方が賃金は増えるという現象が起きます。
そうなると、職場秩序維持・適正な賃金支払の観点からも適切とは言い難いことから、着替え時間を一律の労働時間として算定するという管理方法があります。
その場合の一律の労働時間は、5分や10分など、医院の特性を勘案して決定するべきですが、イレギュラー時への対応には再検討の機会を設ける必要があります。
新型コロナウイルスへの感染対策は当分の間続くことが予想されるため、コロナ禍前に比べ、着用すべきとされる保護具も重装化していますが、クラスターが発生した場合等には、更に重装化された保護具の着用が予想されます。
まとめ
労働時間の考え方は、医院の規程や契約内容ではなく、実態で判断されることから、実態に踏み込んで精査する必要があります。
仮に着替え時間を労働時間として扱っていなくても、裁判になり司法判断で医院の主張が退けられ、労働時間として判断される可能性もあります。また、今後も当分の間は、新型コロナウイルス感染拡大防止の必要性は高いことから、着替え時間の扱いについては、再考の余地があります。
医療という特殊な就業環境では、多くの従業員が制服の着用を義務付けられているため、着替え時間の取扱いには注意が必要です。